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藤木英雄

世の中、スゴイ人もいるもんだ!

東京大学法学部を首席(1番)で卒業した弁護士・山口真由さんもスゴイ経歴の持ち主だけど、それを上回る人がいました。
それが、藤木英雄さんです。

http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/news/1325262984/105

105 :名無しさん@涙目です。(明治神宮):2011/12/31(土) 02:08:48.78 ID:gitmSlkK0
山口真由は、平均点97.6点で教養学部前期課程の全コースで優を取得し
法学部においても全コースにおいて優を取得して「卓越」として表彰される。
また3年次に司法試験に合格、
4年次に国家公務員試験にも合格」。
で、卒業後3年くらいで財務省を辞めた後、超人気弁護士

これを超える法学者は藤木英雄しかいない



藤木英雄 - Wikipedia

藤木 英雄(ふじき ひでお、1932年2月20日 - 1977年7月9日)は、日本の刑事法学者。元東京大学法学部教授。法学博士。従四位勲四等旭日小綬章。長野県松本市出身。

エピソード
東大を首席で卒業。在学中に司法試験と国家公務員試験とを首席で合格[10]、俗に言う「トリプルクラウン」(東大法学部、司法試験、国家公務員試験の全てにおいて首席)を達成[11]。



確かにスゲーわな!
俺も、ちょっと法律の勉強してみたくなった!

東大首席弁護士が教える超速「7回読み」勉強法
山口真由
PHP研究所
2014-07-02
¥ 1,404


山口真由さんのエピソード
週現スペシャル 学校別 世の中、上には上がいる 私が見た大秀才たち 本当に頭がいいとはこういうことか  | 賢者の知恵 | 現代ビジネス [講談社]

 ところで、「秀才」といえば「努力の人」というイメージが強い。ここで、その究極系とも言える大秀才を紹介しよう。弁護士の山口真由氏('83年生まれ)だ。

東大首席卒業

 山口氏は札幌の出身。学習塾とはまったく縁がなかったが、とにかく成績は常にトップで、高校も北海道でナンバーワンの札幌南に進むつもりだった。

 しかし、中学3年生の時にたまたま受けた模試で全国1位に。ものは試しと全国クラスの名門校・筑波大附属を受験したところ、合格。せっかくなので、と進学した。ところが入学早々、「田舎者」とからかわれたことで発奮し、そこから「努力」に火がついたという。

 大学は東大法学部。3年の時に司法試験に合格、翌年には国家公務員Ⅰ種にも合格。学業成績は東大4年間を通じてオール優で、4年のときに「法学部における成績優秀者」として総長賞を受け、'06年に首席で卒業すると、財務省に入省。主税局勤務ののち、'08年に退職し、翌年、弁護士登録して現在にいたる---。

 ため息も涸れそうなこの経歴の持ち主に会ってみると、カラリと明るいスレンダー美人であった。

「私の勉強法はこうです。たとえば、教科書や副読本などは7回読みます。7回読めば、だいたい覚えられるものです。ことさら暗記しようとせずに、7回読めば、最後は本を見なくても思考をたどれるようになります。

 ただし、司法試験の勉強では40回は読みました。勉強というより精神修養ですね。一日に19時間半勉強しましたから。睡眠は3時間。食事は一回20分が3回で、入浴が30分。洗面器に水を張っておいて、眠くなると足を入れて眠気を吹き飛ばすんです。幻聴を経験したのもそのころでした。努力では誰にも負けません」

 確かに、ここまで努力のできる人はざらにはいない。「努力」にも、才能があるということか。そんな山口氏も一目置く人物がいたという。

「高校のクラスメートだった岡林美紗子さんという女性です。全然勉強しているようには見えないのに、数学で解けない問題はありませんでした。エリートコースを歩もうとか、人に評価されようとか、少しも考えない。他人をライバル視することもない。私みたいに『秀才でいなければ』というしがらみにとらわれてなくて、その自由な精神に憧れていましたね」

 岡林氏は、現在は研修医として都内の病院で多忙な日々を送っている。



え?
7回読みじゃなくて、40回読みなの???

ヤベー!俺、ネットワークスペシャリストの教科書を7回読みする予定だったけど、もっと読み込むことにするわwww

藤木英雄さんのエピソード
藤木英雄という男。① - 法律家×中小企業診断士×バスケとか=!! - Yahoo!ブログ

もっと有名なのは司法試験の口述で、用意してあった問題をアッという間に答えてしまったため、5分とたたずに聞くことがなくなったため、
試験委員の学者の先生が当時学会で大きな議論をよんでいたテーマについてたずねたところ、ビックリするようなものすごい理論を述べられて、思わず引き込まれて、
「君はそのように考えるけれど、このテーマはこのような角度から、こんなふうには考えられないかな?」
と自説をのべられたところ、
藤木先生は
「いや、先生はそのように仰いますが…、そもそも〇〇の観点からは××の★★@*¥&$△□◎◆」
と反論され、
そこからは裁判官の先生も自説を述べられ、学者&裁判官vs藤木先生の猛烈な議論がはじまり、30分後・・・、
「学者の先生&裁判官の先生」が二人そろって、うめくように「まいったぁ・・・・・」
という結果になり、その論戦は藤木先生の圧勝に終わったとか。



これがほんまの「達人」っちゅーヤツやの~><

行為無価値 - Wikipedia

行為無価値(こういむかち、独:Handlungsunwert)とは、刑法学上の用語で、違法性の実質に於いて狭義の行為に着目して否定的な価値判断が下されたことである。行為反価値と訳す者もいる。これに対し、結果無価値又は結果反価値とは、行為が法益の侵害もしくはその危険という結果を惹起した点に着目してこれに対して否定的な価値判断が下されたことをいう。

日本の刑法学界では、団藤の後継者にして東大最後の行為無価値論者の教授である藤木英雄が夭折し、また、皮肉なことに、ヴェルツェルの紹介者の一人であった平野龍一が改説して「結果無価値論」を主張し、多くの門下生を育てたことにより、現在では、「結果無価値論」も有力になっており、その論者の中には「行為無価値論」は時代遅れとする意見が多いが、実務では、現在でも「行為無価値論」が主流であると言われている。



結果無価値 - Wikipedia

結果無価値(けっかむかち、独:Erfolgsunwert)とは、刑法学の用語で、狭義の行為(Handlung)によってではなく、行為の結果によって規定される無価値をいう。結果反価値ともいう[1] 。これに対して、結果によってではなく狭義の行為によって規定される無価値を行為無価値又は行為反価値という。

現在では、従来「結果無価値論」と「行為無価値論」の対立とされた点は、
①違法性を規範的なものととらえるか物的なものととらえるか、
②違法評価を道徳的・倫理的判断からどれだけ切り離すのか、
③違法性の判断基準を主観的なものとするか客観的なものとするか、
④違法性の判断対象を主観的なものとするか客観的なものとするか、
⑤違法性を判断する時点を行為時するか事後にするか、
の対立の全部又は一部で、論者によって「結果無価値」・「行為無価値」という概念が様々な意味で用いられたことが複雑な違法性論の学説状況を生み出したとされている。

以上のような事情を反映して、「行為無価値論」の立場から「結果無価値論」を吸収合併しようとする試みもなされているが[4][5]、なお両論には、刑法の任務・機能についての根本的な考え方の違いがあるだけでなく、その対立は、正当防衛における防衛の意思の要否、対物防衛の可能性、被害者の同意が違法性阻却を認める範囲等の多くの個別の論点に及ぶことから、両論を完全に総合することは容易になし得ないとされている[6]。



なんか分かりにくい専門用語がズラズラで、難しい話だけど、藤木先生が長生きしていたら、今の日本はもっと違った国になっていたのだろうか…。
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