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一澤帆布の逆転裁判

カバンで有名な「一澤帆布」。
先代が亡くなって、遺産相続争いが勃発し、どうなることやらと思われましたが、一件落着したみたいです。

それにしても、世論に流されて判決を出してる裁判所って、一体何なの?というお話。
警察の筆跡鑑定もいい加減だった。
それ、シャレになってないですから。ダメじゃん!(笑)

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2009年06月30日

一澤帆布の逆転裁判/流れ変えた「世間」追認した最高裁

[山田厚史の特ダネ記者魂]


京都に行ったら寄りたいお店。そんな評判だった一澤帆布の「お家騒動」に、最高裁が決着をつけた。長男に相続させるとした遺書を「偽物」とした大阪高裁の判決を支持したのである。一澤帆布の経営は長く店を盛り立ててきた三男・信三郎氏に戻る道が開けた。

一審の京都地裁から4度、裁判所は「遺書は真正」と判断し続けた。真逆の結論を導いた高裁判決は「経営に関与していない銀行員の長男に株の大部分を相続させるとの遺書は不自然で不合理」と指摘した。一澤家を知る人たちは初めから口を揃えて指摘していたことである。

ことの起こりは「第二の遺書」が出てきたことだ。先代会長の遺書は顧問弁護士が保管していた。和紙に毛筆で書かれ実印があった。三男・信三郎夫婦に株式の大半を譲る、とあった。ところが長男・信太郎氏が第二の遺書を示した。「株は長男に」という内容。日付が新しい第二遺書を根拠に「店の相続権」を主張した。

京都東山・知恩院前は古くからの人が住む。「長男の遺書は、便箋にボールペン、『一沢』の印も三文判だ。先代があんな遺書作るわけがない」。一澤家を知る人たちはあきれていた。先代の実弟、恒三郎さん(91)は「兄貴はよう言うていた。長男は名古屋の銀行に行って家業に興味はない。信三郎を10年かけて店を継ぐよう口説いた、と喜んでいた。信太郎に店を任せるわけがない」。

最高裁まで争ったが04年、長男の勝訴が確定した。「筆跡鑑定」が根拠だった。警察の科学捜査研究所のOBらが作成した3通の鑑定書はいずれも「真筆」と断定した。長男は05年の臨時株主総会で社長だった三男を解任、店からの立ち退きを迫った。驚いたのは従業員である。商売の経験がない銀行員が経営に乗り出したのでは先が心配だ。人気かばん店のもめ事は取引先まで巻き込む騒ぎになった。

三男への支援の輪が広がる。従業員全員が新設の「一澤信三郎帆布」に移り、新ブランドに人気が集まった。裁判で負けた弟が世間で勝ったのである。

裁判所は流れを無視することは出来なかったのだろう。敗訴が確定した夫に代わり妻・恵美さんが新たな訴訟を起こした。その成果が「逆転判決」となった。世間常識を追認した判決ともいえる。「遺書は真正」という鑑定は京都府警の科学捜査研究所も出している。判決は警察の鑑定力に疑問を投げかけ、「筆跡鑑定とは一体何か」という重い宿題も残った。


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